実質賃金がプラスでも実感がないのはなぜ?給与明細で確かめる家計の判断軸
2026/07/29
最終更新:2026年7月29日(記事内の情報は2026年7月時点)
「給料、上がってるらしいですよ」
先日の相談で、40代の会社員の方がそう言いました。ニュースで実質賃金がプラスになったと聞いた、と。
ただ、続けてこう言われたんです。「でも、うちは全然そんな実感ないんですよね」
銀行員だった頃、私は逆のことをしていました。「今は金利がいいですよ」「今が始めどきです」。世の中の数字を理由に、お客さまの背中を押していた。あの頃の自分に言いたいのは、その数字はお客さまの数字じゃないだろう、ということです。
ニュースの数字と自分の感覚がズレたまま家計の判断をすると、だいたい後で後悔します。今日はそのズレの正体を書きます。
この記事は、「実質賃金プラス」のニュースを見ても実感がなく、家計をどう判断すればいいか迷っている30〜40代の会社員・共働き世帯の方向けです。
結論:ニュースの「実質賃金プラス」は日本全体の平均であって、あなたの家計に起きたこととは別です。
- 2026年5月分の実質賃金は前年同月比1.4%増。現金給与総額は3.2%増で、確かにプラス基調です。
- ただし同じ統計で所定外労働時間は3.0%減。基本給が上がっても残業が減れば、手取りは思ったほど増えません。
- 判断に使うべきは平均ではなく、あなたの給与明細2枚(去年と今年の同じ月)です。
実質賃金がプラスとは、どういう意味なのか?
まず事実から確認します。厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、2026年5月分の現金給与総額は前年同月比3.2%増。物価の影響を除いた実質賃金は、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)で実質化したもので前年同月比1.4%増でした(2026年7月時点の公表値)。
実質賃金がプラスということは、給料の伸びが物価の伸びを上回ったということです。これが5か月続いている。長く「物価に負け続けた」と言われてきた期間を考えると、これは確かに変化です。
それでも「実感がない」のはなぜ?
この統計は、日本全体の平均です。平均というのは、上がった人と上がらなかった人を全部まとめて割った数字であって、「あなたの給料が1.4%増えた」という意味ではありません。
相談を受けていて感じるのは、同じニュースを見ても家庭によって当てはまり方がまるで違うということです。ベースアップがあった会社となかった会社。残業代が収入の柱になっている人とそうでない人。共働きで世帯収入が二本ある家庭と、一本の家庭。
特に注意したいのが残業代です。同じ統計で、総実労働時間は前年同月比3.8%減、所定外労働時間は3.0%減となっています。基本給が上がっても、残業が減れば手取りは増えない。「上がったはずなのに増えていない」の正体が、ここにあることは珍しくありません。
つまり実感がないのは、あなたの感覚が鈍いからではなく、平均と自分の家計が別物だからです。
ニュースの数字を、自分の数字に翻訳するには?
こういうニュースが出たとき、相談ではいつも同じことをお願いしています。給与明細を2年分並べて、3つだけ確認してください。
- 額面の基本給は、去年と比べてどう変わったか。ボーナスや残業代を含まない基本給だけを見ます。ここが上がっていれば、会社があなたの給与水準そのものを引き上げたということ。以後ずっと続く変化です。
- 手取りは、去年と比べてどう変わったか。額面が上がっても、社会保険料や税金が増えれば手取りの伸びは鈍ります。家計に実際に入ってくるのは手取りです。
- その増減のうち、残業代の変動はいくらか。ここを分けて見ておくと、「一時的に増えただけのお金」と「これから続くお金」を切り分けられます。
この2つを混ぜたまま生活費を上げるのが、家計が崩れる典型的なパターンです。
収入が増えたとき、その増分を2つに分けます。続くお金(基本給の上昇)は、固定費や積立を増やす判断に使っていい。一度きりのお金(残業代の増加、一時的な手当)は、固定費を上げる根拠にしてはいけません。
なぜなら、固定費と積立は一度上げると下げにくいからです。家賃を2万円上げるのは契約一回で終わりますが、下げるには引っ越しが要ります。上げるのは一瞬、下げるのは苦痛。だから「これは来年も再来年も続くか?」を通してから決める。
この軸は、減ったときにも同じように使えます。「減ったのは続くお金か、一度きりのお金か」。残業が一時的に減っただけなら耐える局面ですし、基本給が下がったのなら家計の構造そのものを見直す局面です。同じ「収入が減った」でも、打つ手はまったく違います。
増えたお金は、どこに置くのがいいのか?
続くお金だと確認できたなら、その分を先に積立へ回してしまうのは有効です。生活費に混ぜてしまうと、増えた分は静かに消えます。増えたことに気づかないうちに、生活水準だけが上がっている。
人間はそういうふうにできていて、意志の強さでどうにかなる話ではありません。だから、意志ではなく仕組みで先に分ける。給与が入った直後に別口座へ移す、積立額を増やす——順番を変えるだけで結果が変わります。
「物価に勝った」で、もう安心していい?
もうひとつ添えておきたいことがあります。実質賃金がプラスになったのは、直近の一年と比べての話です。この数年で上がった物価の水準そのものが下がったわけではありません。
坂道を登り続けていた人が、少し平らな場所に出た。それが今の状態に近いと思っています。楽になった実感がないのは当然で、登った分の高さはそのまま残っているからです。
だからニュースを見て「もう大丈夫そうだ」と判断を緩めるのは早い。逆に「どうせ何も変わらない」と切り捨てるのも違います。見るべきは世の中の平均ではなく、自分の家計に何が起きたか。それだけです。
よくある質問
- Q. 実質賃金がプラスになったなら、貯金より投資を増やすべきですか?
- A. この数字から直接そう判断することはできません。実質賃金は「今年と去年の比較」であって、あなたが投資に回せる余力がいくらあるかとは別の話です。まず手取りの増減を確認し、次にその増分が続くお金かを見て、それから使い道を考える。ニュースの数字は入口であって、答えではありません。
- Q. 基本給が上がっていない場合、どうすればいいですか?
- A. 世の中の平均が上がっているのに自分は動いていない、という事実が分かっただけでも収穫です。打てる手は収入側(昇給交渉、転職、副業)と支出側(固定費の見直し)の二つしかありません。どちらが自分の状況で現実的かを決める。焦って投資でカバーしようとするのは、順番が違います。
- Q. 共働きですが、二人分をどう見ればいいですか?
- A. 世帯の手取り合計で見てください。ただし二人とも同じ方向に動くとは限りません。片方が増えて片方が減っている場合、世帯としては横ばいでも家計のリスクは変わっています。収入が一本に依存する形に近づいていないか、そこは別途確認したほうがいいです。
- Q. ボーナスが増えた分は、どう扱えばいいですか?
- A. 「一度きりのお金」として扱うのが安全です。ボーナスは業績で変動するもので、来年も同じ額が出る保証はありません。ボーナス前提で住宅ローンや固定費を組むと、業績が落ちた年に一気に苦しくなります。
ニュースの数字は、世の中の体温です。あなたの体温ではありません。
今日、給与明細を2枚並べてみてください。去年の同じ月と、今年の同じ月。あなたの家計に実際に起きたことは、そこにしか書いていません。
——で、あなたの手取りは、去年と比べて増えていましたか?
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