「7億円あっても後悔した」桐谷さんの数百円 ― 節約に線を引く判断軸
2026/08/06
最終更新:2026年8月6日(記事内の情報は2026年8月時点)
「今月、あと2件足りないんです」
去年、保険の営業をしている知人にそう言われて、私は子どもの保険を2本契約しました。判断軸を語っている人間が、です。
一本が、一回の飲み代より少ない額でした。だから深く考えなかった。でも冷静になると、それは50年続く契約でした。しかも名義は子どもです。本人は何も選んでいない。
1年経たずに解約しました。払ったお金は、ほとんど戻ってきません。
小さい金額ほど、人は判断を省きます。そして小さい契約ほど、長く残る。今日はその逆——小さい金額を削り続けたほうの後悔について書きます。
この記事は、節約や貯蓄をきちんと続けているのに、なぜか満たされない感覚がある30〜40代の子育て世帯の方向けです。
結論:節約が止まらなくなるのは意志が強すぎるからではなく、「どこまで削るか」の線を引いていないからです。
- 資産を十分に築いた人でも、後悔として口にするのは数百円・千円単位の我慢だったりします。金額の大小と後悔の大きさは比例しません。
- 節約は習慣になると目的から切り離されて自走します。何のために削っているのかを思い出さないまま、削ること自体が目的になる。
- 必要なのは我慢の量を増やすことではなく、「これは削らない」と先に決めておくことです。
7億円あっても、後悔したのは数百円だった
株主優待生活で知られる棋士で投資家の桐谷広人さん(76)が、2026年7月27日放送のテレビ番組で、「もうちょっと前から現金を使っておけばよかったかな」と後悔を口にされていました。総資産7億円を公言されている方です。
その後、公式Xで視聴者から「現金をいくら使っておきたかったですか?」と質問が寄せられます。桐谷さんの回答はこうでした。
「現金を使っておけばよかったとは、数百円とか千円位のことです」
この話が重いのは、7億円という数字の大きさではありません。7億円を築いた人の後悔が、数百円だったという落差のほうです。
もし「お金を貯めれば安心が手に入る」が本当なら、7億円の人に後悔は残らないはずです。でも残った。しかも残ったのは、その資産からすれば誤差にもならない金額のことだった。
これは、「貯めれば安心」という考え方そのものへの反証になっています。しかも、実際に貯めきった人が自分で言っている。これ以上に説得力のある材料は、そうありません。
なお、この発言の背景には病気の判明があります。ただ、この記事で扱うのはそこではありません。7億円と数百円のギャップ、それだけで十分だと思うからです。
※出典:ライブドアニュース 2026年8月5日配信記事。番組は日本テレビ系「月曜から夜ふかし」2026年7月27日放送。
なぜ、十分に持っていても止まらないのか?
相談の現場でも、これに近いことは起こります。「もう十分ありますよ」とお伝えしても、生活を緩められない方がいる。数字の問題ではないので、数字を見せても解決しません。
節約は、目的から切り離されて自走する
節約はもともと、何かのために始まっています。子どもの教育費、家の頭金、老後の不安。目的があって、そのために削る。ここまでは健全です。
ところが節約は習慣化しやすい行動です。そして習慣になったものは、理由を思い出さなくても動きます。むしろ理由を思い出さないほうが、負荷が少なくて続く。
その結果、何のために削っているかが背景に沈んで、削れたこと自体が達成感になっていく。100円安いほうを選べた日は、それだけで少しうれしい。この感覚そのものは悪いものではありません。ただ、これが判断の基準になってしまうと、目的が達成されても止まる理由がなくなります。
「使った痛み」だけが記録に残る
もうひとつ、人の感じ方の癖が重なります。行動経済学でよく知られているとおり、人は同じ額でも得より損を大きく感じます。1,000円得したうれしさより、1,000円損した痛みのほうが強く残る。
節約している最中は、使わなかったこと(=得)は記憶に残りにくい。逆に「使ってしまった」は痛みとして残ります。つまり続ければ続けるほど、使うことが痛い体になっていく。
そして何十年か経ったとき、思い出せるのは削った回数ではなく、削ったせいで行かなかった場所や、頼まなかった一皿のほうだったりします。桐谷さんの「数百円」は、たぶんそういう種類のものです。
節約に線を引くには、どうすればいいのか?
相談では、削る項目を探す前に、先に3つだけ決めていただいています。
- これは削らない、と決めるものを1つ書き出す。金額ではなく、対象で決めます。「家族の行事の日は削らない」「子どもと出かける日の食事は削らない」など、具体的な場面で書くほど機能します。
- その削らないものに、年間の上限をつける。「削らない」は「青天井」ではありません。上限があるからこそ、その範囲では罪悪感なく使えます。線は、使うためにも引きます。
- 削る対象は、契約で決まっているものから先に見る。通信・保険・サブスクなど、一度手を入れれば以後ずっと効くもの。ここは判断が1回で済むので、日々の我慢と違って消耗しません。
順番が逆になると、日々の小さな我慢だけが増えて、大きな固定費は手つかずのまま残ります。これがいちばん疲れる形です。
節約とは、削ることだと思われがちです。でも実際に効くのは、削らないものを先に決めることのほうです。
削るものから決めると、判断のたびに「これは削るべきか」を考えることになります。答えはいつも「削れる」になります。理屈のうえでは、たいていのものは削れてしまうからです。だから止まらない。
先に「これは削らない」と決めておくと、そこが判断の対象から外れます。外れたものについては、悩まなくていい。これは我慢を減らす話ではなく、判断の回数を減らす話です。
そして家計が苦しくなったとき、線を引いていない家計はいちばん大事なものから削ります。削りやすいのは、たいてい家族と過ごす時間にかかるお金だからです。線は、余裕があるうちにしか引けません。
何を「削らない」に入れればいいのか?
ここに正解はありません。ただ、選ぶときの物差しはひとつあります。取り返しがつくかどうかです。
積立を1年止めるのは、取り返せます。翌年から戻せばいい。けれど、子どもが今の年齢でいるのは今年だけです。来年また同じ年齢に戻ることはありません。
お金に締め切りがあることは、多くの方が意識されています。大学の入学金は、払う年が決まっている。同じように、時間にも締め切りがあります。そしてこちらの締め切りは、家計簿には出てきません。
だから「削らないもの」に入れる候補は、金額の大きいものではなく、あとから買い直せないものです。行事の日、家族で出かける日、年に一度しかない場面。ここを削っても、家計簿の数字は少ししか変わりません。変わるのは、数十年後に思い出す内容のほうです。
「使う」と「浪費」は、どう見分けますか?
線を引くと決めたとき、多くの方が心配されるのがこれです。緩めたら止まらなくなるのではないか、と。
見分け方はシンプルで、先に決めてあったかどうかです。決めてあった枠の中で使うのは、判断です。決めていない状態で衝動的に使うのが、浪費です。同じ1万円でも、この2つはまったく別のものです。
逆に言えば、枠を決めておかない限り、使うたびに罪悪感が残り続けます。罪悪感を消すのは我慢ではなく、事前の線です。
よくある質問
- Q. 節約をやめたほうがいい、という話ですか?
- A. いいえ、逆です。節約は続けたほうがいい。ただし目的と上限がセットになっていないと、達成しても止まれなくなります。この記事で言いたいのは「削るのをやめよう」ではなく、「どこまで削るかを先に決めよう」ということです。
- Q. 「削らないもの」は、いくつまで決めていいですか?
- A. まずは1つで十分です。3つも4つも決めると、それは線ではなくただの例外リストになります。1つに絞ると、何を大事にしているかが自分でもはっきりします。増やすのは、1年運用してからで間に合います。
- Q. 夫婦で「削らないもの」が違う場合はどうしますか?
- A. それは問題ではなく、話し合う価値のある違いです。むしろ違いが表に出ないまま家計を運用しているほうがリスクになります。どちらかに合わせる必要もありません。それぞれ1つずつ持って、合計に上限をつけるやり方でも成立します。
- Q. 貯金が足りていない段階でも、線を引いていいですか?
- A. 引いてください。むしろ余裕がない時期ほど必要です。余裕がなくなってから考えると、削りやすいものから順に削ることになり、家族と過ごす時間にかかるお金がいちばん先に消えます。線は、苦しくなる前にしか引けません。
冒頭の保険の話に戻ります。私はあのとき、金額が小さいという理由で判断を省きました。桐谷さんの数百円は、その反対側です。金額が小さいという理由で、判断せずに削り続けた。
方向は逆ですが、原因は同じだと思っています。小さい金額には、判断が働かない。
だから先に決めておくしかありません。ここは削らない、と。
——あなたのご家庭で、これだけは削らないと決めているものは、何ですか。
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